東京高等裁判所 平成3年(行ケ)309号 判決 1995年1月31日
アメリカ合衆国
ミネソタ州セントポール、3エムセンター
原告
ミネソタ マイニング アンド マニュファクチュアリング コンパニー
同代表者代表取締役
ゲーリー リー グリスウッド
同訴訟代理人弁理士
浅村皓
同
小池恒明
同
長沼暉夫
同
岩井秀生
同
石田敬
同
岩出昌利
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
同指定代理人
日野あけみ
同
関口博
同
市川信郷
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者が求めた裁判
1 原告は、「特許庁が平成1年審判第6333号事件について平成3年7月8日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
2 被告は、主文第1、2項と同旨の判決を求めた。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和55年7月30日、名称を「広スペクトル抗菌剤を含む感圧性粘着物」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1979年7月31日、アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許庁に対し、特許出願(以下「本願」という。)(特願昭55-104948号)したところ、昭和63年12月13日、拒絶査定を受けたので、平成1年4月17日、特許庁に対して、この拒絶査定に対する審判を請求した。
特許庁は、同請求を、平成1年審判第6333号事件として審理したが、平成3年7月8日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をしたうえ、職権で出訴期間として90日を附加した。その謄本は、平成3年8月21日、原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 広範囲スペクトル抗菌剤の溶液を形成し、その広範囲スペクトル抗菌剤と相容性の室温粘着性感圧粘着物である実質的に酸成分を含まないアクリル系粘着物を形成し、その抗菌剤溶液からの広範囲スペクトル抗菌剤はその感圧性粘着物中に均質分散するようにその抗菌剤溶液およびその感圧性粘着物を混合し、そしてその溶媒を除去するためにその均質分散物を乾燥してその感圧性粘着物中に均質且安定的に分散したその広範囲スペクトル抗菌剤の防腐活性量を残すことを特徴とする、皮膚と接触させておいた場合防腐的に活性の広範囲スペクトル抗菌剤を制御的に遊離する皮膚医学的に許容しうる組成物の製造方法(以下「本願第1発明」という。)。
(2) 防腐的に活性量の広範囲スペクトル抗菌剤およびその広範囲スペクトル抗菌剤と化学的に相容性の皮膚医学的に許容しうる室温粘着性の実質的に酸成分を含まないアクリル系感圧性粘着物より成り、その広範囲スペクトル抗菌剤はその感圧性粘着物中に均質かつ安定的に分散する、皮膚と接触させておいた場合防腐的に活性の広範囲スペクトル抗菌剤を遊離する抗菌組成物(以下「本願第2発明」という。)。
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨
本願第1発明及び第2発明の要旨は前項(1)及び(2)記載のとおりと認める。
(2) 引用例の記載
本出願前国内において頒布された特開昭51-139616号公報(昭和51年12月2日出願公開、以下「引用例」という。)には、感圧粘着剤であるポリアクリル酸アルキルエステル類を主成分とする高分子共重合体に少なくとも一種の真菌治療薬剤を有効量添加し、それらを均一に分散もしくは溶解せしめたものを基材上に塗布した貼付剤が記載されており、その製法として、真菌治療薬剤を溶媒に溶解したものと、前記粘着剤を同様の溶媒にて希釈したものとを充分に混和し、塗布、乾燥して溶媒を除去する方法が記載されている。
(3) 対比
本願第1発明と引用例記載の発明とを対比すると、真菌治療薬剤は抗真菌剤であって抗菌剤の一種であるから、両者は、抗菌剤の溶液と、抗菌剤と相容性のアクリル系感圧性粘着物を混合し、抗菌剤を該粘着物中に均一に分散させ、乾燥して溶媒を除去し、該粘着物中に有効量の抗菌剤が均一に分散されている皮膚に接触させて用いる組成物の製造方法の点で一致し、<1>抗菌剤が、本願第1発明では広範囲スペクトル抗菌剤であるのに対し、引用例記載の発明では抗真菌剤である点(以下「相違点1」という。)及び<2>アクリル系粘着剤が、本願第1発明では「実質的に酸成分を含まない」と限定されているのに対し、引用例記載の発明は限定がない点(以下「相違点2」という。)で相違する。
(4) 相違点の検討
<1>相違点1について
引用例において抗菌剤を添加することが記載されている以上、広範囲スペクトル抗菌剤に適用してみることに格別の困難性は認められない。
<2> 相違点2について
引用例にはアクリル系粘着剤として、酸成分を含むものも、酸成分を含まないものも記載されており、本願第1発明において、酸成分を含まないアクリル系粘着剤を用いることは当業者が適宜なし得ることである。
そして、本願第1発明においては、広範囲スペクトル抗菌剤が特定のものに限定されているわけではなく、明細書の記載をみても、一般的に広範囲スペクトル抗菌剤について、アクリル系粘着物を酸成分を含まないものとする理由があるものとも認められないから、本願第1発明において、酸成分を実質的に含まない粘着剤としたことにより格別顕著な効果を奏し得たものということはできない。
したがって、本願第1発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
(5) まとめ
以上のとおりであるから、他の発明について検討するまでもなく、本願は、拒絶をすべきものである。
4 審決の理由の要点の認否
(1)(本願の発明の要旨)及び(2)(引用例の記載)は認める。
(3)(対比)について、「真菌治療薬剤は抗真菌剤であって抗菌剤の一種」であることは認めるが、その「抗菌剤の一種」であることを理由にして次の2点を一致点と認定したことは争い、その余の一致点の認定及び相違点1、2の認定は認める。
<1> 両者は「抗菌剤の溶液と、抗菌剤と相容性のアクリル系感圧性粘着物を混合する」点で一致するとしたこと。
<2> 両者は「抗菌剤を該粘着物中に均一に分散させ、」及び「有効量の抗菌剤が均一に分散されている」点で一致するとしたこと。
(4)<1>(相違点1について)の判断中、「引用例において抗菌剤を添加することが記載されている」ことは認めるが、その余は争う。
(4)<2>(相違点2について)の判断中、引用例にはアクリル系粘着剤として、酸成分を含むものも、酸成分を含まないものも記載されていること及び本願第1発明においては、広範囲スペクトル抗菌剤が文言上特定のものに限定されているわけではないことば認めるが、その余は争う。
(5)(まとめ)は争う。
5 取消事由
(1) 一致点の認定の誤り(取消事由1)
<1> 「抗菌剤と相容性」のアクリル系感圧性粘着物を混合する点で両者は一致すると認定した点。
本願第1発明における「広範囲スペクトル抗菌剤と相容性の室温粘着性感圧粘着物」とは「実質的に酸成分を含まないアクリル系粘着物」を指している。すなわち、本願第1発明における「相容性」の意味するところは、抗菌剤に対して化学的に(甲第2号証8頁16行)かつ物理的に(同20行)相容性があることであり、具体的には、「広範囲スペクトル抗菌剤」に対して「実質的に酸成分を含まないアクリル系粘着物」を用いることであり、換言すればこのような粘着物を用いることによって前記のような相容性が達成される。
これに対し、引用例では、抗菌剤に対してかかる意味の「相容性」のアクリル系感圧性粘着物を用いることに対しては何らの記載もない。
<2> 「抗菌剤を該粘着物中に均一に分散させ、」及び「有効量の抗菌剤が均一に分散」されている点で両者は一致すると認定した点。
本願第1発明は、抗菌剤を粘着物中に溶解させることなく、「均質分散」させたものである。
すなわち、この「均質分散」とは、具体的には、「均一構造もしくは組成で、実質的にクリームが均質乳中に分散するように分布すること」である。そして、より具体的には、全体として安定な油中水型エマルジョンであり、分散相は直径約10ミクロン平均の安定な分散水小滴より成るように、抗菌剤は、非イオン界面活性剤の存在により、粘着物中で抗菌剤の粒子の微細分離相としてあるいは微小微細粒子として安定化して存在することである。
そのように均質分散させることによって、抗菌剤を連続的かつ制御的に遊離させることが可能となり、貯蔵に安定であって、使用に際して皮膚と接触した場合、殆ど又は全く皮膚を刺激することなく、その抗菌剤の作用を呈する。
ところで、本願第1発明において、このように均質分散させる場合には、粘着物溶液の溶媒は、抗菌剤溶液の溶媒を溶解することができ、かつ抗菌剤に対しては非溶媒である溶媒を用いるのに対し、引用例では、単に均一に分散させると記載されているのみであり、また、抗菌剤と接着剤とに対して同じ溶媒を用いて製造することが記載されているのみである。さらに、同実施例の記載においては、粘着剤及びナフチオメート(抗真菌剤)の両者に対して共通の溶媒である酢酸エチルを用い、両者をそれぞれ溶かして混ぜ合わせているから、ナフチオメートは粘着剤の中に溶解することになる。反対に、ナフチオメート及び粘着剤に共通の溶媒がナフチオメートを溶解しないでナフチオメートが粘着剤中に分散するとすれば、この分散液中のナフチオメートは大きく不均一となる。
したがって、引用例には、抗菌剤を本願第1発明のように均質分散させることは示きれていない。
(2) 本願第1発明の要旨の解釈の誤り及び相違点1、2についての判断の誤り(取消事由2)
特許請求の範囲第1項の記載では、広範囲スペクトル抗菌剤は文言上は特定の抗菌剤には限定されていない。しかしながら、抗菌剤に対して相容性でかつ酸成分を含まない粘着物を用いることを必須の要件とし、このような粘着物を用いて抗菌剤を均質分散させることを特徴としている。したがって、このような特性を有する粘着物を用いてかつ均質分散をさせることを達成するために用いる抗菌剤は、これらの要件から明示されていなくとも当然にその範囲が特定されるものであることは当業者にとって自明のことである。
本願第1発明の構成要件を満足し、しかも使用したアクリル系感圧性粘着物に均質かつ安定的に分散させて使用できるものは、ポリビニルピロリドンアイオディン(PVP-Ⅰ)及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤のみである。これらは特定の粘着剤と複合構造物を形成することに由来し、これ以外については本願第1発明では使用できない。したがって、本願第1発明の構成要件である「広範囲スペクトル抗菌剤」はPVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤のみに限定されるものというべきである。
しかるに、審決は、特許請求の範囲第1項に記載された「広範囲スペクトル抗菌剤」がPVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤のみに限定されないものと誤って解釈した結果、相違点1及び2についての進歩性の判断を誤った。すなわち、
本願第1発明は、PVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤を選択し、かつ、それに対して、相容性であるところの酸成分を含まないアクリル系粘着物を選択して用いて均質分散させたものであり、引用例記載の発明をそのまま広範囲スペクトル抗菌剤に適用したものではない。
本願第1発明では、PVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤に対して、その活性に変化を与えることなく、また粘着物の早期凝固を避けるために、特に酸成分を含まない粘着物を用いたものである。
本願第1発明は、広範囲スペクトル抗菌剤としてよく知られているPVP-Ⅰやクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく薬剤を抗菌剤として用いる場合には、酸成分を含まないアクリル系粘着物を用いることによって実質的に不変の活性を有する広範囲スペクトル抗菌剤を均一かつ制御的に遊離する組成物が得られるという知見に基づいている。
これに対して、引用例には、PVP-Ⅰやクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤に対して、相容性であるところの酸成分を含まないアクリル系粘着物を用いることについては明示も示唆もされていない。引用例には、PVP-Ⅰやクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤については記載はなく、単に通常汎用されている粘着物を例示しているにすぎず、その例示の中にたまたま酸成分を含まない粘着物が挙げられているにすぎず、さらに、引用例においては酸成分を含むものも開示されており、この記載は本願第1発明の上記知見とは相容れないものである。それゆえ、酸成分を含まないものがたまたま記載されていても、その記載から本願第1発明の上記知見を引き出すことはできない。
以上のとおり、引用例には、本願第1発明における上記の知見について何らの示唆はないから、引用例の記載から、PVP-Ⅰやクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤に対して特に酸成分を含まない粘着物を組み合わせることは当業者にとって容易に想到することではない。
(3) 効果についての判断の誤り(取消事由3)
本願第1発明においては、上記の抗菌剤と酸成分を含まないアクリル系感圧性粘着物を用いることにより、抗菌剤を均質に分散させることができ、これにより、抗菌剤を安定に制御的に遊離することができる。
このような本願第1発明の格別顕著な効果は、特定の抗菌剤と特定の粘着剤とを組み合わせることによって初めて得られるものであり、引用例にはこの両者を組み合わせる旨の示唆はなく、また、均質分散の作用効果についての示唆もない。したがって、引用例記載の発明からは、本願第1発明のような効果は予測できない。
第3 請求の原因に対する認否及び主張
1 請求の原因1ないし3は認め、同5の主張は争う。
2 原告の主張に対する反論
(1)<1> 取消事由1の<1>について
たしかに、引用例には「抗菌剤と相容性のアクリル系感圧粘着物を混合する」旨の具体的な記載はない。
しかしながら、原告は、本願第1発明における相容性とは、「広範囲スペクトル抗菌剤」に対して実質的に酸成分を含まないアクリル系粘着物を用いることであると主張するが、相容性をこのように限定して解することはできない。
すなわち、「相容性」とは、医薬品を皮膚から吸収させる貼付剤の技術分野においては、医薬品と粘着物との組成物における医薬品の安定性や粘着物の物理的な安定性、活性を失わせることなく、長期間にわたって医薬品を遊離させることができるかどうかの性質をいうと解すべきであって、本願第1発明における「相容性」の意義もまた同じ意義に用いられていると解すべきである。
そして、医薬品を感圧粘着物に混合し、皮膚に適用した時に医薬品を徐々に放出させ、医薬品を皮膚を通して吸収させるための組成物においては、保存中及び皮膚適用時に医薬品が感圧粘着物と反応したり、感圧粘着物によって化学変化を起こして活性を失ってはその用をなさないし、両者を混合することによって物性が変化して粘着性を失ったり、保存中に両成分が分離してしまったりしてもその用をなさないので、化学的に安定であること及び物理的に安定であること、すなわち、「相容性」はこの種の組成物においては必須条件である。
引用例の組成物も前記技術分野に属するものであるから、その用をなすことのできる引用例の組成物は、当然のことながら前記の条件を備えていることになり、引用例の組成物について「抗菌剤と相容性のアクリル系感圧粘着物を混合する」点で一致するとした審決に誤りはない。
なお、原告は、「compatible」を「相容性」と訳しているが、この種の組成物において「compatib1e」であることが必要とされること、それが化学的及び物理的に安定であることを示すことは、例えば原告が本願第1発明の明細書で従来技術として示す、米国特許第4073291号明細書(乙第1号証)及び米国特許第3769071号明細書(乙第2号証)にも記載されている。
<2> 取消事由1の<2>について
「均質」の定義について、本願第1発明の明細書の「実質的にクリームが均質乳中に分散するように」なる表現は、本願第1発明において、乾燥して溶媒を除去した後の液状でないものについても「均質かつ安定的に分散してその広範囲スペクトル抗菌剤」と表現していることから、単に例示に過ぎないものであって、「均質分散」が上記のような状態に限定されるものではない。また、乾燥して溶媒を除去した後の液状でない粘着物中に固体の抗菌剤が均質分散したものについてエマルジョンということはないし、かかる抗菌剤を分散小滴ということはないし、また、その直径が約10ミクロンに限定されるわけでもない。
しかして、「均質」とは均一構造もしくは組成で分布していることを意味すると解するのが妥当である(広辞苑参照、乙第3号証)から、「均質」と「均一」で抗菌剤の分散状態が異なるということはできない。
したがって、本願第1発明の特許請求の範囲における「その抗菌剤溶液からの広範囲スペクトル抗菌剤はその感圧性粘着物中に均質分散するようにその抗菌剤溶液及びその感圧性粘着物を混合し」は、「その抗菌剤溶液からの広範囲スペクトル抗菌剤はその感圧性粘着物中に均一構造もしくは組成で分散するようにその抗菌剤溶液及びその感圧性粘着物を混合し」と同義と解すべきであるから、抗菌剤を感圧性粘着物中に均一に分散させることになる。また、同様に特許請求の範囲における生成物についての「その感圧性粘着物中に均質かつ安定的に分散したその広範囲スペクトル抗菌剤」は、「その感圧性粘着物中に均一構造もしくは組成で安定的に分散した広範囲スペクトル抗菌剤」ということになるから、本件審決において「抗菌剤が均一に分散されている」と認定した点において誤りはない。
しかも、原告は、本願第1発明の生成物について、本願第1発明の明細書において「本発明は感圧性粘着物及び皮膚と接触させておく場合組成物からの遊離を制御しうる均一分散広範囲スペクトル抗菌剤から成る皮膚医学的に許容しうる組成物」と記載しており、「均質分散」と「均一分散」とを同じ意味で用いている(甲第2号証、明細書第2頁第14~17行)。
さらに、原告は本願第1発明においては、均質分散させる場合には、粘着物溶液の溶媒は、抗菌剤溶液の溶媒を溶解することができ、かつ抗菌剤に対しては非溶媒である溶媒を用いるのに対し、引用例では、単に均一に分散させると記載されているのみであり、また、抗菌剤と接着剤とに対して同じ溶媒を用いて製造することが記載されているのみであると主張するが、本願第1発明においては、粘着物溶液の溶媒として特定の溶媒を用いることを構成要件としているものではない。
そうすると、本願第1発明における「その抗菌剤溶液からの広範囲スペクトル抗菌剤はその感圧性粘着物中に均一構造もしくは組成で分散するようにその抗菌剤溶液及びその感圧性粘着物を混合」する方法は、抗菌剤溶液からの抗菌剤が、感圧粘着物中に均一構造もしくは組成で安定的に分散するように抗菌剤溶液及びその感圧性粘着物を混合して、均一な分散液を得るための通常用いられる方法であればよいと解され、原告主張の方法に限定されるわけではない。そして、引用例においても、抗菌剤溶液及びその粘着物を混合して、均一な分散液を得るために通常用いられる方法は開示されていると解すべきである。
原告のナフチオメートについての主張は、常識に反するものである。引用例においても、抗菌剤は溶媒に溶解してから混合していることは明らかである。
(2) 取消事由2について
本願第1発明における「広範囲スペクトル抗菌剤」がPVP-Ⅰやクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤に限定されないことは、明細書(甲第2号証)の「広範囲スペクトルなる用語は抗菌剤が1タイプより多い微生物、すなわちグラム陽性菌およびグラム陰性菌の両者に対し活性を有し、同様にカビおよびウィルスに対しても活性を有することを意味するために本明細書で使用する(参照:Federal Register、39巻、179号)。」(5頁2行ないし7行)及び「上記のように広範囲スペクトルなる用語は抗菌剤がグラム陽性菌およびグラム陰性菌の両者に対し活性を有し、同様にカビおよびウィルスに対しても活性を有することを意味するために使用される。広範囲スペクトル活性を示す抗菌剤の例は沃素、クロールヘキシジンおよびポリビニルピロリドンアイオデイン(PVP-Ⅰ)である。後者2種の広範囲スペクトル抗菌剤は本方法の各種の面を例証するために本明細書で使用する。」(6頁17行ないし7頁6行)との記載から明らかである。
しかして、医薬品を皮膚から吸収させるような貼付剤は種々あるうえに、引用例には真菌に対する抗菌剤をアクリル系の粘着剤に混合することによって皮膚刺激性の少ない貼付剤を製造することが記載されているのであるから、一種の菌に対する抗菌剤よりも汎用性のある、各種の広範囲な菌に対して抗菌活性を示す、広範囲スペクトル抗菌剤に適用してみることは当業者が当然考えつくことである。
本願第1発明の粘着物の広範囲スペクトル抗菌剤に相容性であるという要件については、上記(2)で述べたように、粘着剤が医薬品と相容性であることは、この種の貼付剤においては必須条件であり、貼付剤として用いる際には、当業者は相容性の有無を実験し、相容性の有るものを用いるのが普通であるし、酸成分を含まない粘着物を用いる点についても、特に広範囲スペクトル抗菌剤との関係において本質的なものともいえない。すなわち、本願第1発明における医薬品は、「広範囲スペクトル抗菌剤」であるところ、この用語は単に薬理効果によって限定したものであって、その化学構造や物理的特性とは無関係なものであるから、粘着物を酸成分を含まない粘着剤と限定していても、広範囲スペクトル抗菌剤の化学構造、物理的特性が規定されていない以上、両者の相互の関係が定まらないので、本願第1発明において酸成分を含まない粘着物とする点が本質的なものとはいえない。
したがって、引用例には、アクリル系粘着剤として酸成分を含むものと含まないものとが記載されているのであるから、酸成分を含まないものを用いることは当業者が適宜なし得るものである。
(3) 取消事由3について
本願第1発明で用いられる「広範囲スペクトル抗菌剤」は、文言上特定されていないのであるから、原告主張のPVP-Ⅰやクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤と特定の粘着剤を使用することにより始めて顕著な効果を得られることは、本願第1発明の顕著な効果ということはできない。
したがって、本願第1発明の効果は、酸成分を含まない粘着物に対して相容性を有する広範囲スペクトル抗菌剤を用いる貼付剤が得られるという至極当たり前なものに過ぎず、格別顕著なものとはいえない。
(4) 以上のとおり、審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。
第4 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はすべて当事者間に争いがない。乙第1及び第2号証は、原本の存在についても当事者間に争いがない。)。
理由
1(1) 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(特許請求の範囲の記載)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いはない。
(2) 審決の理由の要点中、(1)(本願の発明の要旨)、(2)(引用例の記載)及び(3)(対比)のうち、相違点1、2の認定及び一致点の認定のうち、真菌治療薬剤は抗真菌剤であって抗菌剤の一種であること、抗菌剤とアクリル系感圧性粘着物を混合して、乾燥して溶媒を除去し、該粘着物中の有効量の抗菌剤を皮膚に接触させて用いる組成物を製造する方法の点で一致することは当事者間に争いがない。
2 本願第1発明の概要
甲第2ないし第4号証(本願発明に係る特許願書、昭和63年11月10日付け、平成2年8月27日付け各手続補正書、以下総称して「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、感圧性粘着物及び皮膚と接触させておく場合組成物からの遊離を制御しうる均一分散広範囲スペクトル抗菌剤からなる皮膚医学的に許容しうる組成物に関する(甲第2号証明細書2頁14行ないし17行)こと、局所的殺菌活性剤の皮膚表面への適用は防腐病院技術の標準的要素(同3頁2行、3行)であるところ、広範囲スペクトル抗菌剤の局所適用は手術前皮膚適用物、外科用清浄ティシュペーパー、…洗浄剤傷清浄剤、ローション及び軟膏の形であったが、このようなものは、制限時間の特別目的に対し有効であるが、抗菌剤の初めの適用で生き残ることができる微生物の増加に対して有効でない(同3頁4行ないし12行)こと、身体への連続的適用のために、多数の生物学的活性剤を基質上の粘着層に添加した例はあったが、広範囲スペクトル抗菌剤の安定性及び不変の活性を特徴とした粘着層への添加はなかった(同3頁14行ないし18行、同第4号証別紙1(1))こと、粘着物に広範囲スペクトル抗菌剤を添加することの従来の試みは、ある患者に皮膚刺激を起こさせ、十分な抗菌活性を得ることができない非制御遊離により挫折した(同2号証明細書4頁12行ないし15行)こと、本願発明は、貯蔵安定な感圧性粘着組成物の形成方法及び皮膚と接触させておく場合、実質的に不変の活性を有する広範囲スペクトル抗菌剤をほとんどもしくは全く皮膚刺激なしに均一かつ制御的に遊離する組成物を目的(同4頁16行ないし5頁1行)として、その形成方法及び組成物について、それぞれ特許請求の範囲第1項(本願第1発明)及び第2項(本願第2発明)記載の構成を採用したことが認められる。
3 取消事由について検討する。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
<1> 「抗菌剤と相容性のアクリル系感圧性粘着物を混合」する点で両者は一致すると認定した点について
(a) 本願第1発明における「相容性」の意義
本願明細書の特許請求の範囲第1項には、「広範囲スペクトル抗菌剤と相容性の室温粘着性感圧粘着物である実質的に酸成分を含まないアクリル系粘着物」と記載されているところ、発明の詳細な説明の項には、「相容性」について明示的に定義した記載はない。
しかしながら、前記2のとおり、本願第1発明は、粘着物に広範囲スペクトル抗菌剤を添加する従来技術が有するある患者に皮膚刺激を起こさせ、十分な抗菌活性を得ることができない非制御遊離の欠点を解消することを課題とし、貯蔵安定な感圧性粘着組成物の形成方法及び皮膚と接触させておく場合、実質的に不変の活性を有する広範囲スペクトル抗菌剤をほとんどもしくは全く皮膚刺激なしに均一かつ制御的に遊離する組成物の製造方法として特許請求の範囲記載第1項の構成を採用したものであるから、医薬品を感圧性粘着物(pressure sensitive adhesive)に混合し皮膚に適用した時に医薬品を徐々に放出させ、医薬品を皮膚を通して吸収させるための組成物を製造する方法であると認められるところ、本願明細書の発明の詳細な説明の項によれば、「本発明方法により生成する安定組成物は一般に広範囲スペクトル抗菌剤および抗菌剤と相容性の通常室温で粘着性の皮膚医学的に許容しうる感圧性粘着物(PSA)より成るものとして記載することができる。PSAはその中に均質分散した広範囲スペクトル抗菌剤の防腐活性量を有する。」(甲第2号証明細書5頁8行ないし13行)(PSAは、pressure sensitive adhesiveの略語と認める。)、「本発明方法は広範囲スペクトル抗菌剤および溶媒より成る広範囲スペクトル抗菌剤溶液および予め選択した広範囲スペクトル抗菌剤と相容性の通常常温で粘着性感圧性粘着物の形成を含む。」(同6頁5行ないし9行)、「粘着マトリックスは広範囲スペクトル抗菌剤溶液に使用される予め選択した広範囲スペクトル抗菌剤と化学的に相容性の通常室温で粘着性の感圧性粘着物より形成される。」(同8頁14行ないし17行)、「一般に酸媒体は多くの広範囲スペクトル抗菌剤を一層安定にすると信じられるが、酸粘着物はPVP-Ⅰのような抗菌剤と物理的に相容性のないことがわかった。広範囲スペクトル抗菌剤の究極の均質分布は、実質的に剤の活性を変化させることなしに制御的遊離を得るように酸粘着物中で達成することはできない。また広範囲スペクトル抗菌剤を含む広範囲スペクトル抗菌剤溶液は酸性の感圧性粘着物と混合される場合、粘着物の早期凝固が経験された。従って、PVP-Ⅰもしくはクロルヘキシジンのような広範囲スペクトル抗菌剤は、抗菌剤の活性に負の変化なしに広範囲スペクトル抗菌剤の均質分布を有利にするために実質的に酸成分を含まない通常室温で粘着性粘着物媒体と共に使用されることが好ましい。」(同8頁18行ないし9頁12行)とそれぞれ記載されていることが認められる。本願第1発明の前記目的、構成及び本願明細書の上記記載に照らすと、本願明細書における「相容性」という用語は、感圧性粘着物が化学変化を起さず、広範囲スペクトル抗菌剤を物質的に分解させないばかりか、活性な形で媒体から遊離されるという能力を阻害しないという性質を意味するものとして用いられていることが認められる。このことは、医薬品を感圧性粘着物に混合し、皮膚に適用した時に医薬品を徐々に放出させ、医薬品を皮膚を通して吸収させるための組成物においては、感圧性粘着物を皮膚に適用した時に医薬品が活性な形で感圧性粘着物媒体から遊離されることが当然要求されるから、保存中及び皮膚適用時に医薬品が感圧性粘着物と反応したり、感圧性粘着物によって化学変化を起こして活性を失ってはその用をなさないし、両者を混合することによって物性が変化して粘着性を失ったり、保存中に両成分が分離してしまったりしてもその用をなさないので、感圧性粘着物が化学変化をおこさず、医薬品を物質的に変化させないことが要求され、乙第1、第2号証に徴すると、これを一般に「相容性」(compatible)なる用語で表現していることが認められることからも、支持されるところである。
もっとも、原告は、本願第1発明における「相容性」とは「広範囲スペクトル抗菌剤」に対して「実質的に酸成分を含まないアクリル系粘着剤」を用いることであり、このような粘着物を用いることによって上記のような「相容性」が達成される旨主張するが、たしかに、上記各記載中には、「一般に酸媒体は多くの広範囲スペクトル抗菌剤を一層安定にすると信じられるが、酸粘着物はPVP-Ⅰのような抗菌剤と物理的に相容性のないことがわかった。…従って、PVP-Ⅰもしくはクロルヘキシジンのような広範囲スペクトル抗菌剤は、…実質的に酸成分を含まない…粘着性粘着物媒体と共に使用されることが好ましい。」との記載があるが、この記載によれば、広範囲スペクトル抗菌剤のうちの、PVP-Ⅰやクロルヘキシジンのような抗菌剤は、酸粘着物が物理的に相容性のないものであるが、酸媒体は多くの広範囲スペクトル抗菌剤とは物理的に相容性であると認められ、後記(2)のとおり、本願第1発明における「広範囲スペクトル抗菌剤」がPVP-Ⅰやクロルヘキシジンのような抗菌剤に限定されるものではない以上、「相容性」の意味を原告主張のように限定して解することはできない。
(b) 引用例記載の発明における「相容性」の有無
甲第5号証(特開昭51-139616号公報、引用例)には、「相容性」についての明示的な記載はない。
しかしながら、前記審決摘示の引用例の記載、並びに、引用例の、「外用に使用する場合には、投与形態は液剤、ローション剤、軟膏剤、クリーム剤、散布剤、エアゾール剤が多い。又ゴムと酸化亜鉛末等よりなる膏剤にこれらの真菌症治療剤を添加する方法も知られている」(甲第5号証2頁右下欄6行ないし10行)、「これらの外用剤は塗布、散布もしくは吹きつけられた場合、皮膚に浸透する以前に衣服等にふれて失われたり、衣服を汚す等の欠点があり…。又、一方ゴム膏剤に薬剤を添加した場合には上記の欠点は除去されるものの…皮膚刺激性の強いゴム膏剤によって生ずる皮膚のムレやカブレなどの問題を併発するので好ましくない」(同号証2頁右下欄13行ないし3頁左上欄4行)、「これらの欠点のない、しかも皮膚吸収性の優れた真菌症治療用貼付剤について検討し、…皮膚刺激性の少ない粘着剤の製造に成功し、本発明の真菌症治療用貼付剤を開発するに至った。即ち、紙、不織布、織布又は高分子フィルム若しくはシートによって作られる基材の上に、粘着剤としてポリアクリル酸アルキルエステルを主成分とする高分子共重合体に上記の真菌治療薬剤より選ばれた少なくとも1種の真菌症治療剤を有効量添加し、均一に分散もしくは溶解せしめたものを、薄く実質的に均一な厚さに塗布した薬剤接着層と基材とよりなる貼付剤である。」(同号証3頁左上欄8行ないし末行)、「このようにして得られた真菌症治療用貼付剤を実際の真菌症の治療に使用すると前記の治療剤と粘着剤との単なる組合せ以上に顕著な治療効果を発揮することが認められた。これはひとつにはチンキ剤とか軟膏、クリーム剤などにおいては、塗布された薬剤の大部分が実際に有効に用いられず失われてしまうこと、又前述のゴム膏に薬剤を混じて使用する場合には絆創膏皮膚炎を起して、長期の使用に耐えないという欠点を示すのに対し、本発明の貼付剤にはかかる欠点がないことによると思われるが、予測される以上の著効を発揮することが明らかにされている。」(同号証3頁右下欄8行ないし末行)との記載によれば、引用例記載の発明も、前記のような医薬品を感圧性粘着物(pressure sensitive adhesive)に混合し、皮膚に適用した時に医薬品を徐々に放出させ、医薬品を皮膚を通して吸収させるための組成物の製造方法であるから、引用例記載の発明における感圧性粘着物は真菌治療薬剤と前記のような相容性の性質を有することが実質的に記載されているものと認められる。
以上によれば、本願第1発明と引用例記載の発明とは「抗菌剤と相容性のアクリル系感圧性粘着物」(アクリル系感圧性粘着物である点で一致することは当事者間に争いがない。)である点で一致すると認められ、したがって、審決のこの点についての認定に誤りはない。
<2> 「抗菌剤を該粘着物中に均一に分散させ、」及び「有効量の抗菌剤が均一に分散」されている点で両者は一致すると認定した点について
原告は、本願明細書の特許請求の範囲第1項の「均質分散」と引用例記載の発明の「均一分散」とは異なるから、引用例には、抗菌剤を本願第1発明のように「均質分散」させることは示されていないと主張する。
乙第3号証(広辞苑)によれば、「均質」とは、<1>性質の同じなこと。等質。<2>一つの物体中のどの部分を取っても、成分・性質の一定していることと定義されていると認められ、「均一」とは平均して同一なこと、全てを通じて一様なことをいうものと解される。そこで、上記「均質」及び「均一」の一般的意味を踏まえて判断するに、本願明細書の特許請求の範囲第1項の「広範囲スペクトル抗菌剤はその感圧性粘着物中に均質分散するようにその抗菌剤溶液及びその感圧性粘着物を混合し、そしてその溶媒を除去するためにその均質分散物を乾燥してその感圧性粘着物中に均質かつ安定的に分散したその広範囲スペクトル抗菌剤の防腐活性量を残すことを特徴とする」との記載、及び、発明の詳細な説明の項の、「本発明におけるこの均質分散は組成物が皮膚と接触する場合抗菌剤を連続的、均一且制御的に遊離させる。」(甲第2号証明細書5頁17行ないし19行)との記載によれば、本願第1発明における「均質分散」とは抗菌剤を連続的、均一且制御的に遊離させるように、感圧性粘着物中に抗菌剤がどの部分をとっても成分・性質が一定するように分散していることを意味すると解するのが相当である。しかるところ、前記<1>のとおり、引用例記載の発明は、医薬品を感圧性粘着物(PSA)に混合し、皮膚に適用した時に医薬品を徐々に放出させ、医薬品を皮膚を通して吸収させるための組成物の製造方法であり、前記のとおり、引用例における「均一分散」は、真菌治療薬剤溶液と粘着剤溶液とを充分に混和したもの及びその混和したものを乾燥して得られた貼付剤の状態を指称したものと認められるから、抗菌剤を連続的、均一且制御的に遊離させるように、感圧性粘着物中に抗菌剤が均一に分散しているものと認められる。
したがって、引用例記載の発明における「均一分散」とは、本願第1発明における「均質分散」と同義であると認められる。このことは、本願明細書の、「本発明は感圧性粘着物および皮膚と接触させておく場合組成物からの遊離を制御しうる均一分散広範囲スペクトル抗菌剤からなる皮膚医学的に許容しうる組成物に関する。」(甲第2号証明細書2頁14行ないし17行)、「生成組成物はへらで攪拌し、均一分散物を得た。」(同15頁19行、20行)「処方物は微小へらで攪拌し均一分散物を得た。」(同16頁9行、17頁5行、6行)との各記載にみられるように、本願明細書において、均一分散と均質分散は区別することなく使用されていることが認められることからも明らかである。
もっとも、原告は、「均質分散」とは、具体的には、「均一構造もしくは組成で、実質的にクリームが均質乳中に分散するように分布すること」であり、より具体的には全体として安定な油中水型エマルジョンであり、分散相は直径約10ミクロン平均の安定な分散水小滴より成るように、抗菌剤は、非イオン界面活性剤の存在により、粘着物中で抗菌剤の粒子の微細分離相としてあるいは微小微細粒子として安定化して存在することであると主張する。
しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲第1項において、混合液の乾燥前と乾燥後とを区別せず、「均質分散」あるいは「均質且安定的に分散」と記載されているが、本願明細書の発明の詳細な説明の項の「『均質』とは広範囲スペクトル抗菌剤がPSA中に、たとえば均一構造もしくは組成で、実質的にクリームが均質乳中に分散するように分布すること」(甲第2号証明細書5頁13行ないし16行)との記載は、「たとえば、」と例示であることを明記しており、さらに、「実質的にクリームが均質乳中に分散する」との記載は乾燥された組成物にはあてはまらないから、上記記載は、混合液についての例示の記載と解される。また、「この混合は安定な油中水型エマルジョンかもしくは第2溶液に分散微小微細層を形成する広範囲スペクトル抗菌剤溶液を生じると信じられる。例えば、非イオン界面活性剤(下記)を含む水中に、PVP-Ⅰのような広範囲スペクトル抗菌剤35重量%を含む22重量部の広範囲スペクトル抗菌剤溶液が44%固形粘着物溶液の78重量部と混合される場合、極めて安定な油中水型エマルジョンが形成され、そこでは分散相は直径約10ミクロン平均の安定な分散水小滴より成る。」(甲第2号証明細書11頁7行ないし16行)との記載も、乾燥前の均質分散物を得るための方法についての例示にすぎないものと認められる。したがって、原告の上記主張は理由がない。
また、原告は、本願第1発明において、均質分散させる場合には、粘着物溶液の溶媒は、抗菌剤溶液の溶媒を溶解することができ、かつ抗菌剤に対しては非溶媒である溶媒を用いることを前提とする主張をするが、本願明細書の特許請求の範囲第1項には、このように粘着物溶液の溶媒として特定の溶媒を用いる構成は記載されていないから失当である。
さらに、原告は、実施例の記載から粘着剤及びナフチオメート(抗真菌剤)の両者に対して共通の溶媒である酢酸エチルを用い、両者をそれぞれ溶かして混ぜ合わせているので、ナフチオメートは粘着剤の中に溶解することになり、反対に、ナフチオメート及び粘着剤に共通の溶媒がナフチオメートを溶解しないでナフチオメートが粘着剤中に分散するとすれば、この分散液中のナフチオメートは大きく不均一となると主張するが、前記審決摘示の引用例の記載によれば、引用例記載の発明は、「感圧粘着剤であるポリアクリル酸アルキルエステル類を主成分とする高分子共重合体に少なくとも一種の真菌治療薬剤を有効量添加し、それらを均一に分散もしくは溶解せしめたものを基材上に塗布した貼付剤」(甲第1号証4頁1行ないし5行)を製造するために、「真菌治療薬剤を溶媒に溶解したものと、前記粘着剤を同様の溶媒にて希釈したものとを充分に混和」(甲第1号証4頁6行ないし9行)する方法であるから、感圧粘着剤に少なくとも一種の真菌治療薬剤を均一に分散させたものと溶解せしめたものがあると解され、原告主張のうち「ナフチオメートは粘着剤の中に溶解することになる」場合は、上記均一に溶解せしめた場合に相当し、また原告主張のうち、ナフチオメート及び粘着剤に共通の溶媒がナフチオメートを溶解しないでナフチオメートが粘着剤中に分散するとすれば、この分散液中のナフチオメートは大きく不均一となるとの主張については、ナフチオメートの溶媒がナフチオメートを溶解しないというのは矛盾することであり、原告の上記主張は、根拠を欠くもので失当である。
<3> 以上によれば、本願第1発明と引用例記載の発明とは「抗菌剤を該粘着物中に均一に分散させ、」及び「有効量の抗菌剤が均一に分散」されている点で一致するものと認められ、審決のこの点についての認定に誤りはない(真菌治療薬剤は抗真菌剤であって抗菌剤の一種であることは当事者間に争いがない。)。
(2) 取消事由2(本願第1発明の要旨の解釈の誤り及び相違点1、2についての判断の誤り)について
<1> 広範囲スペクトル抗菌剤の定義について
原告は、本願第1発明の構成要件を満足し、しかも使用したアクリル系感圧性粘着物に均質かつ安定的に分散させて使用できるものは、PVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤のみであるから、本願第1発明の構成要件である「広範囲スペクトル抗菌剤」はPVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤のみに限定されるものというべきであると主張する。
しかしながら、本願明細書の、「広範囲スペクトル抗菌剤なる用語は抗菌剤が1タイプより多い微生物、すなわちグラム陽性菌およびグラム陰性菌の両者に対し活性を有し、同様にカビおよびウィルスに対しても活性を有することを意味するために本明細書で使用する。」(甲第2号証明細書5頁2行ないし6行)、「上記のように広範囲スペクトル抗菌剤なる用語は抗菌剤がグラム陽性菌およびグラム陰性菌の両者に対し活性を有し、同様にカビおよびウィルスに対しても活性を有することを意味するために使用される広範囲スペクトル活性を示す抗菌剤の例は、沃素、クロルヘキシジンおよびポリビニルピロリドンアイオデン(PVP-Ⅰ)である。後者2種の広範囲スペクトル抗菌剤は本方法の各種の面を例証するために本明細書で使用する。」(同6頁17行ないし7頁6行)、「従ってPVP-Ⅰもしくはクロルヘキシジンのような広範囲スペクトル抗菌剤」(同9頁7行、8行)との各記載によれば、本願第1発明の「広範囲スペクトル抗菌剤」は、PVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤のみに限定されるものとは認められない。
<2> 相違点1の判断について
医薬品を皮膚から吸収させるような貼付剤は、前掲乙第1、第2号証に示されるように、種々あるうえに、引用例記載の発明においては、真菌治療薬剤をアクリル系粘着剤に混合することによって皮膚刺激性の少ない貼付剤を製造することが開示されているのであるから、一種類の菌に対する抗菌剤よりも、汎用性のある、各種の広範囲な菌に対して抗菌活性を示す、広範囲スペクトル抗菌剤に適用してみることは当業者が容易に想到し得ることである。
したがって、審決の相違点1についての判断に誤りはない。
<3> 相違点2の判断について
前記(1)<1>のとおり、医薬品を感圧性粘着物に混合し、皮膚に適用した時に医薬品を徐々に放出させ、医薬品を皮膚を通して吸収させるための組成物においては、粘着剤が医薬品と相容性であることが要求されるのであるから、当業者は、貼付剤として広範囲スペクトル抗菌剤と粘着剤を用いる際には、粘着剤の広範囲スペクトル抗菌剤に対する相容性の有無を実験し、相容性の有るものを用いるのが普通である。そして、引用例には、アクリル系粘着剤として酸成分を含むものと含まないものとが記載されて(甲第1号証5頁10行、11行)いることは当事者間に争いがないうえ、前記<1>のとおり、本願第1発明の「広範囲スペクトル抗菌剤」を原告主張のように限定することはできないから、酸成分を含まないものを用いることは当業者が適宜なし得るものである。
したがって、審決の相違点2についての判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(効果についての判断の誤り)について
本願第1発明において、広範囲スペクトル抗菌剤が特定のものに限定されているわけではなく、本願明細書をみても、実質的に酸成分を含まない粘着剤とする理由があるものとも認められないから、本願第1発明が本願明細書の特許請求の範囲第1項記載の構成を採用したことにより、格別の効果を奏するものとは認められない。したがって、審決のこの点についての判断に誤りはない。
原告は、本願第1発明の格別顕著な効果は、特定の抗菌剤と特定の粘着剤とを組み合わせることによって初めて得られると主張するが、前記(2)<1>のとおり、本願第1発明における「広範囲スペクトル抗菌剤」は、PVP-Ⅰ及びクロルヘキシジンアセテートのような沃素あるいはクロルヘキシジンに基づく抗菌剤のみに限定されるものではないのであるから、原告の上記主張は失当である。
(4) 以上のとおりであるから、取消事由はいずれも理由がなく、本願第1発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないものであるので、他の発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきである。したがって、審決は正当であって、取り消すべき違法はない。
4 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)